大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(う)1959号 判決

被告人 塙昭一

〔抄 録〕

その要旨は本件犯行に際し被告人には未必的にも殺意はなかつたに拘らず、原判決がこれを認めて尊属殺人未遂の事実を認定したことは事実を誤認したものであると主張するものである。

記録を精査すると、被告人が、自宅勝手場から、刃渡り約二一・七センチメートルの刺身庖丁を持ち出し、曲つていた刃の部分を直そうとしてそこから二つに折れたので、柄のついた元の方をもつて、布団の上に寝ていた父友司の頭部を数回殴打したうえ、勝手場に至り、刃渡り約一六・五センチメートルの出刃庖丁を手にして再び友司の枕元に戻り「何とか言え」といいながら、右出刃庖丁をもつて被害者のしていた枕を数回にわたつて突き刺したが、被害者が徐々に頭の位置を移動させて被告人の攻撃を避けようとするだけで、全く反発抵抗を示さないので、さらに枕からずり落ちて仰向けになつた被害者の顔面鼻梁部に出刃庖丁をほぼ水平に向けて切りつけた事実は、原判決の認定どおり証拠上明らかであるが、被告人が、どのような心情のもとに父親友司に対し右のような攻撃を加えたか、特に出刃庖丁をもつて被害者の顔面鼻梁部に切りつける際原判決認定の如く未必的殺意を有したか否かについて判断する。

まづ、被告人が父友司に対し右の如き攻撃を加えるに至るまでの経緯は概ね原判決認定のとおりである。すなわち友司は好んで酒を飲み極めて酒癖の悪い父親であつて、数年前に死んだ母親はじめ、被告人ら兄妹はこの父親のために一日として平和な明るい家庭の生活というものを経験することができなかつたのである。友司は脳軟化症で倒れ仕事ができなくなり、専ら被告人一人の働きに一家が頼るようになつてからも、「俺は千葉の実家で世話になる、お前の世話にはならない」と、被告人を殊更に疎外し反抗する態度に出て、親子とは名ばかりの、むしろ互に顔を合わせて生活することもいとわしい間柄になつていた。友司はそのように強がりをいいながらも妻いねが死亡した後は、その病状もさらに悪化し、加えて右下肢神経痛を患うに至つてからは足腰の自由も思うにまかせず、被告人の姉妹等も、この厄介な父親をつとめて敬遠したため、いきおい被告人が男の身で食事その他の身のまわりの細い世話をせざるを得なかつた。被告人としては、このような厄介な父親をかかえて、川崎富美子との縁談に当面して、悩み抜いたのも当然である。このように懊悩の末本件犯行の前日午後五時頃から当日午前零時すぎ頃まで酒を飲み歩いて、酒の勢いをかりて前記暴行に及んだのであるが、その直接のきつかけは、被害者がどろ足をふかないで布団の中に入つたことであることは明らかである。足腰の不自由な被害者は屋内の便所を嫌い、履物を履かないまま庭先におりて下水溝で用をすませていたが、足拭を置いてもこれを使わず、どろ足のまま内に上り込むので、平素から被告人が矢釜しく注意していたのに、偶々本件当日それをやり、被告人が咎めても「わかつたよ」といいながら、なお足を拭かず布団の中に入り込んだので、憤激した被告人は前記刺身庖丁を手にするに至つたものと認められる。したがつて折れた刺身庖丁で被害者の頭部を数回殴打した行為は右憤懣の餘の暴行であつてそこに殺意を認めることはできない。しかし、これを出刃庖丁に持ち替えたときはこの出刃庖丁をもつて一撃の元に父親を殺害する意思でなかつたにしても、枕元に出刃を突き刺して兇行の態度を示せば、恐らく抵抗してくるに違いない、かつては兇暴な父親であるし、出刃を奪いとつて反撃に出るかも知れない、その時は思い残すことなく一撃の元にこの厄介な父親を犠牲にして再出発しよう、という心境にあつたことが認められる。しかるに被害者は予期に反して一向に手向う気配もなく、さらに鼻を切つて攻撃を加えたが遂に何らの反発も示さなかつた。「殺す気でやつたんだ、これでも腹が立たないのか」と言つて被害者の反撃を挑発したが、手応えなく、被告人の殺意は不発に終つたと認められる。

原判決は鼻を切りつけた時点において、これによる出血のため病弱な被害者があるいは死に至るかも知れないことを認識した、として未必的殺意を認定しているのであるが、被告人は被害者の枕元に出刃庖丁を突きつけているのであつて、これを殺害しようと思えば直ぐにもできたのである。しかし被告人は最後まで無抵抗な被害者を殺害する気にはなれなかつたのである。かつてはいかに粗暴な父親でも、否、粗暴な父親であつただけに、執拗な攻撃にも応えずされるままに忍従するかのように無抵抗に終始した父親をみてこれに、死を招く虞れのある攻撃は、遂に下しえなかつたと認められるのであつて被告人が父の鼻に切りつけた攻撃は死の結果を容認しつつ加えた未必的殺意の実行々為ではなく、父の反撃を挑発する手段であつたと解せられるのである。原判決が未必的殺意を認定したことは事案の真相を見誤り事実を誤認したもので右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

(関谷 寺内 中島)

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